神はあなたたちに日常的な事柄を無視したり、家族や友人と過ごす時を軽んじること

神はあなたたちに日常的な事柄を無視したり、家族や友人と過ごす 時を軽んじることを期待してはいない 
2013年6月14日

わが愛しき最愛の娘よ、人は自分が無敵であると信じ始めるときに、負ける。

地上での生活がわが王国に至る霊的旅のほんの一部であるということを受け入れぬ多くの者たちは、貴重な多くの時を無駄に過ごしている。私が言う時とは、神から与えられたものであり、もしあなたたちが永遠の命を得ることになるならば、その時の中であなたたちは神の掟に従って生きなければならないのだ。もしあなたたちが神を受け入れないな らば、あなたたちは神から自分を引き離すことになる。あなたたちがそうするとき、あなたたちの人生は短縮され、永遠の命を得る代わりに、 地上での命を終えればあなたたちの命は終わる。あなたたちは、結局は塵に過ぎない無駄なことを追い求めて、あなたたちに与えられた時を浪費してはならない。

神はあなたたちに日常的な事柄を無視したり、家族や友人と過ごす時を軽んじることを期待してはいない。あなたたちが地上での生活の実を享受しながら主の御旨を果たすことはできないということはない。できるのだ。

わが娘よ、私が人間にわが教えに従う事を願う時、その私の願いに関して多くのはき違えがあるということを知らせたいと思う。

笑うことはよい。付き合いは大切である。神に謙遜と賛美を示し、小さな喜びにも感謝をささげるならば、満たされた生活を享受することはよい。人生において、他者の善のために与えられるどんな賜も、神のみが与えうるものである。神から与えられた賜を他の者たちと分かち合う時、その賜をいかに用いるかは、あなたたちの救霊にとって重要なこととなる。偉大な才能を与えられた者もいるが、すべての者が賜を与えられて誕生する。その賜は、あなたたちが他者を助ける手助けとなるべく与えられるのだ。ビジネスの才能を持って生まれた者は、その才能を確実に他者のために善用する義務を負うのだ。またある者たちは、隣人の世話をしたり、他の人びとの生活に喜びをもたらすためにその賜を用いる。そして、苦しむ者たちがいる。彼らの苦しみもまた賜なのである。彼らの苦しみは他の者たちの救霊を助け、そうすることで、すべての者にとっての最大の賜―永遠の命をもたらすのだ。

命は、一つの理由で、神によって与えられるのだ。それは神に栄光を帰すためであり、最後に命が変わるときに、神と一致するよう神の子どもたちを励ますためである。神の子どもたちは、アダムとエバに約束された永遠の命が、最後に彼らのものとなるよう準備されているのである。

私が裁きに来るときに、あなたたちが私に扱われたいと思っている通りに、あなたたちはできるだけ愛と憐れみを互いに示し合うように努力することが重要である。毎日、あなたたちは自分が行うすべての行為に対して、それが神を喜ばすかを自問しなければならない。自分は神の十戒に完全に従っているだろうかと。神の掟を破っているだろうか、もし破っているなら、その結果はどうなるだろうかと。

他の者たちが必要としていることを無視しなさい、そうすればあなたに必要なことも無視されるだろう。神のいかなる子どもをも故意に傷つければ、あなたは苦しむことになるだろう。いかなる神の子どもをも殺せば、あなたは命がないだろう。地上の生活は、たくさんの愛、喜び、希望をもたらすものではあるが、試練に満ちている。一つ一つの試練は、遭わねばならず、それが神の子どもたちを清めることにおける神の計画の一部であるということをあなたたちは受け入れなくてはならな い。

神を認めない生活を送れば、自分自身の欲望を満たす生活を送ることになる。神によって定められた規範を認めなければ、あなたたちは道に迷うことになる。帰り道が分からないほど遠くへ行ってしまったなら、その時には助けてくれるよう恵みを願って神に祈らなければならない。

もしそれがあなたの霊魂にとって、またあなたたちの愛する者たちに必要なことにとって良いものであるなら、神になされるすべての願いごとは常に応えられる。

あなたたちのイエズス

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