十字架を担うこと、生活の仕方

マリア・ディバインマースィー

十字架を担うこと、生活の仕方
2011年1月16日  日曜日  15:00


そうだ、わが最愛の娘よ、私だ。今まではあなたにとって気の抜けない長い学びの道のりだったが、これからもあなたは、あなたの霊魂に満ちている聖霊の賜によって真理の知識に養われ続けるだろう。

わが娘よ、どうか、警告、預言、そしてわが教えの要約の混淆(こんこう)であるこれらのメッセージを確実に世界中至る所に広めてほしい。子供たちが、わが聖父(ちち)の御眼において自らを贖(あがな)うために彼らの霊魂を備える方法を知ることは肝要なことである。

いま世界で起きている霊的再生
いま現在、世界には、私、わが永遠の聖父、聖霊、そしてわが最愛の母に対する新しく起こった信心、崇敬が存在する。それは今のところはっきりとは見えないが、この強力な霊的再生は、わが子供たち、至る所で私に背を向けている子供たちでさえをも護る、その手助けとなるだろう。人びとは真理に激しく飢え乾くようになるので、福音はいま再考されるだろう。浄めが滞りなくなされて世界中に及ぶにつれ、私に対する愛のかけらもない者たちもまた再び心を開くだろう。

わが従者たちの光によって愛が示されるにつれ、邪悪なるものの力や、それに支配される者たちの動きは弱められるだろう。邪悪なるものはその仕返しをするだろう。

サタンの時は限られている
彼のこの地上での時は刻一刻と尽きてゆくゆえ、彼はでき得る限りのダメージを与えようとするだろう。邪悪なるものの従者たちはその働きを加速させ、あらゆる場所に邪悪を広めるために即、立ち上がるだろう。あなたたちの眼の前に自らを現して驚愕させる、眼にするのもおぞましいその彼らの行動は長続きはしない。

通常の日々祈る祈りによって強められる信仰は、わが子供たちよ、これらの非道を踏み消すのだ。戻りなさい、わが子供たちよ、そしてわが教えを再発見しなさい。あなたたちの生活に私を連れ戻しなさい。私があなたたちを抱きしめることができるように、私をあなたたちの心の中にもう一度連れてきなさい。天と地が一つとなるときの永遠の命、それに対してあなたたちが準備されるよう、霊的完全性(完徳)に向けて私にあなたたちを導かせてほしい。

日々の生活において私に倣いなさい、わが子供たちよ。そうすることの荷が重すぎると感じられるときでさえも、わが十字架を担(にな)いなさい。決してわが十字架を受け入れることを恐れてはならない、あなたたちが担えるものをしか私は与えないからである。

この世における苦しみの意味
この人生においてあなたたちが苦しむとき、あなたたちはわが十字架を担っているのだ。あなたたちには二つの選択肢がある。もしわが十字架を拒むなら、あなたたちはそのために呻き苦しみ、苦しみは弱まることなく募(つの)る。一方、もしあなたたちが十字架を受け入れ、霊魂を救うためにその苦しみを捧げるならば、それは私への最高の捧げものとなる。もしあなたたちがその苦しみを受け入れるなら、試練や艱難は喜びを伴うものとなり、その時、あなたたちの荷は軽くなるのだ。私はあなたたちがそれを担うのを助ける。そうすれば痛みは和らぎ、あなたたちの内に平安とよろこび、そして純然たる幸福が行き渡る。

単純な生活を送る
単純な生活を送りなさい、子供たちよ、そしてすべてのことを節度をもって行いなさい。ひとたび身体的要求が満たされたなら、それをさらに求めてはならない、それは霊的なものを吸い取ってしまうからである。償いは、わが子供たちよ、あなたたちが私に近づく上で肝要なものである。この場合、償いとは個人的な犠牲を意味している。断食は償いの一例である。私は地上にいる間、償いの重要性を説いた。わが貴き弟子、洗礼者聖ヨハネもまた説いた。

あなたたちに模範を示すために、40日間の断食をすることで私は償いを示した。邪悪なるものを追い出すのは、子供たちよ、断食によってだけである。

わが親愛なる子供たちよ、前途は多難である。まだあなたたちは、これから先、あなたたちに何が求められるかを知らない。その間、あなたたちは、将来世界中のキリスト者が直面することになる試練に備えるために、より一層私に近づくことが重要となるのだ。

平和の中に行きなさい。

あなたたちの愛に満ちた救い主
イエズス・キリスト

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