ひとたび人によって感じられた神の愛とは、それ無しには誰も生きられない何かである
2012年10月1日   月曜日   16:30

わが親愛なる娘よ、あなたたちは、わが従者たちがこれらのメッセージを信じるなら、そのことで時折、彼らの心が苦しむのだということを受け入れなければならない。

多くの者たちは、わが聖なる言葉を読むとき歓びを感じ、それを一つの奇跡として受け入れる。他の者たちもまたわがメッセージを信じるだろうが、時が経つと襲い来る疑いによって彼らは真っ二つに引き裂かれる。これらの疑いは自然なものである。

ある者たちは、メッセージが本当に天からのものかどうかを、疑いに疑う。それから、彼らは自分たちの生活が変わろうとしており、また自分たちが再臨を眼にすることを知っているゆえ、大いに苦悶するのだ。その意味するところは、今まで彼らが送って来た生活が見分けがつかないほど変わってしまうということだ。人は、不満に満ちたものではあっても今までの自己満足的な生活にしがみついていたいがために、多くの者にとってそれは恐ろしいことなのだ。

未来への恐れ、神の手に対する恐れ、そしてサタンの軍勢への恐れが彼らを苛(さいな)む。だが、時おりわがメッセージが彼らの心に恐怖を生じさせるとしても、それはまた慰めをももたらす。一つ確かなことがある。彼らはわが聖霊を心に感じるだろう、そしてひとたびそれを経験すると、彼らは神の愛になじむようになるということだ。

ひとたび人によって感じられた神の愛とは、それ無しには誰も生きられない何かである。それは平和をもたらす。であるからして、あなたたち、わが従者がいかに恐れることになろうとも、私、あなたたちのイエズスは決してあなたたちを見捨てはしないということを覚えていなければならない。あなたたちは、私のものである。

私はあなたたちの霊魂の中に存在する命である。私によって、あなたたちは救われるのだ。私に助けを求める者たちへのわが憐みは深い。私は、サタンの従者たちの手によってあなたたちが苦しむままにさせてはおかない。私はわが貴き血であなたたちを覆う。あなたたちは何も恐れることはないのだ。恐れるのではなく、あなたたちには自分たち自身を準備するための恵みが与えられているということだ。今、あなたたちは勇敢でなければならず、またが疑いが私に対する愛を曇らせるようなことがあってはならない、さもないとこれらのメッセージの真実に対してあなたたちは盲目となるだろう。メッセージは、あなたたちへのわが賜である。あなたたちが護られ、害を受けないで済むよう、メッセージはあなたたちに与えられているのだ。

恐怖を鎮めてくれるよういつも私に願いなさい、恐怖は、あなたたちを悩ますために、不満の種としてあなたたちの心に邪悪なるものによって植え付けられたものであるからだ。

私は、あなたたちを祝福する。私はあなたたちに平和を与える。私はわが保護をあなたたちに与える。

いつでも私に信頼していなさい。

あなたたちのイエズス

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