あらゆる機会をとらえて人を回心させなさい

マリア・ディバインマースィー
あらゆる機会をとらえて人を回心させなさい
2011年4月24日 復活の日曜日   20:30


わが親愛なる娘よ、わが死からの甦りで、甦ってあなたたち皆が天国の光に向かって進むのを助けるとのわが約束が果たされることになり、今日という日は重要である。あなたたちは皆、立ち上がり、私に向かい、あなたたち自身の救いに向かい進み行きなさい。

わが子どもたちよ、あなたたちはあらゆる機会をとらえて人々を回心させなければならない。あなたたちが説明すればするほど、またそれらの弱い者たちにあなたたちの心のうちの愛を示せば示すほど、あなたが他のひとりのものを回心させたとき、最終的な成果は達成されるのだ。私はあなたたちに大いなる恵みを雨と降らせよう。これは私からの非常に特別な賜(たまもの)であり、あなたたちの大きな憐みの行為となって現れる。

回心は、わが子どもたちよ、霊魂を救うのだ。一つの回心が起れば、それは回心した者の友人、知人たちに広がってゆく。回心は回心を生むのだ。あなたたちが笑われようが、あるいはばかげたことを語っているかのように扱われたとしてもだ。あなたたちとしては大きな勇気が要るのだ、わが最愛の忠実なる従者たちよ。だがあなたたちが立ちあがり、人にわが教えを説明するごとに、人々は耳を傾けるだろう。あなたのことを笑い、真面目に受けとらない者たちがいるにしても、多くの者はあなたたちが言わなければならないことに対して内心では耳を傾けるだろう。

あなたが仕事をしている間にあなたを通して聖霊が働けば、相手の人間は心に感じるものがあるだろう。だが彼らにはその理由が分からない。その時あなたたちは彼らをより近くに引き寄せるだろう。

中には反応が緩(ゆる)い者もいる。だが我慢しなさい。彼らも徐々に心を開き始めるだろう。最初、彼らは一つの質問をするだろう。それは大抵の場合、なにかあることが正しいか、あるいは間違っているかということに関しての質問だ。回心が根付くのはその時である。わが教えの真理を広めることを決して断念してはならない。これは伝道者のようにしてなされる必要はない。むしろ真理をほのめかすというのがよい。日々の生活のなかで、日常会話を通して人々を回心させなさい。このような形の方が人には受け入れられやすいのだ。

わが子どもたちよ、しかしながらあなたたちは人々、とりわけ拒絶的に闇の中に生きる者たちの反応にショックを感じることだろう。彼らの反応は攻撃的かつ嘲笑的なものだろう。あなたたちは、そんなバカげたことを本当に信じているのかと反問されるだろう。そしてあなたたちは叱られ、侮辱されるだろう。

あなたたちの頭はおかしいと思われるだろう。あなたたちは個人的な困難な問題のために宗教に向かったと非難されるだろう。あなたたちは時おり窮地に追い詰められたと感じ、自分自身を護ることが非常に困難だと感じるかもしれない。そのような状況下では沈黙を貫きなさい。そうした上で時々単純な質問をしなさい。

そのような者たちに聞きなさい―「あなたはどうしてそう感じるのですか」と。あなたが質問するほどにこれらの者たちは自分たち自身の答について考え始めるだろう。あなたたちがすべての者に真理を確信させるということはない。しかしながら、あなたたちが試みるすべての努力は、わが眼においてあなたたちを高めることとなる。

さあ、行きなさい子どもたちよ。わが名において回心させなさい、そうすればあなたたちには多くの、多くの恵みが賦与されるだろう。

あなたたちの最愛の救い主
イエズス・キリスト

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